陳玄景(読み)ちんげんきい

世界大百科事典(旧版)内の陳玄景の言及

【大衍暦】より

…太陽運行の不等であることを考慮して,太陽の運行表を決め,計算には不等間隔二次差近似補間を用いるなど,画期的な暦法であった。727年に草稿ができたが一行は死亡し,張説(ちようえつ),陳玄景らの編訂によって暦術7編,略例1編,暦議10編が成立した。日本では763年(天平宝字7)8月から儀鳳暦に代わって施行され,856年(斉衡3)まで用いられた。…

※「陳玄景」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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