陽候史麻呂(読み)やこのふひとまろ

世界大百科事典(旧版)内の陽候史麻呂の言及

【大隅国】より

…《和名抄》では菱刈郡が4郷,桑原郡が8郷,贈於郡が5郷,大隅郡が7郷,姶羅郡が4郷,肝属郡が4郷,熊毛郡が3郷,馭謨郡が2郷となっている。720年(養老4)大隅隼人の蜂起があり,国守陽候史麻呂(やこのふひとまろ)は殺害された。朝廷では征隼人持節大将軍として大伴旅人を差遣,ようやく乱を鎮定することができたが,以来同国は薩摩国とともに辺境の国として扱われ,班田制の施行も大幅に遅れて800年(延暦19)に行われ,しかもはなはだ不徹底なものであった。…

※「陽候史麻呂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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