隆武帝(読み)りゅうぶてい

世界大百科事典(旧版)内の隆武帝の言及

【南明】より

…しかし彼はその器でなく,また政府部内では明末以来の党争がもちこされ,強力な団結に欠けていたので,1645年(清の順治2)4月清軍の攻撃をうけて揚州で史可法が戦死すると,5月には南京も陥り,帝は捕らえられて殺された。ついで6月に唐王が黄道周,鄭芝竜らに推戴されて福州で帝位につき,隆武帝をとなえた。このとき別に魯王も張煌言らに擁され紹興(浙江省)に拠って監国と称した。…

※「隆武帝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む