隠岐氏(読み)おきうじ

世界大百科事典(旧版)内の隠岐氏の言及

【隠岐国】より

…隠岐に守護が下向したのはこの清高の例が唯一であり,他はいずれも守護代支配であった。約40年に及ぶ守護山名氏のあとを受けて,明徳の乱(1391)後京極高詮が隠岐国守護に補任され,弟秀重は隠岐氏を称して隠岐一円に勢力を拡大した。隠岐氏は東郷に宮田(くんだ)城(のち下西の甲ノ尾城)を築いてここに拠ったといわれ,戦国期には雲州尼子氏と被官関係を結んで隠岐国支配の維持・貫徹につとめた。…

※「隠岐氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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