隣保事業論争(読み)りんぼじぎょうろんそう

世界大百科事典(旧版)内の隣保事業論争の言及

【セツルメント】より

…しかし1930年代に入り,国家主義的傾向が全国的に強まるなかで,社会教化事業として社会事業の一環に組み入れられるようになったセツルメント活動に対して,セツルメントは社会改良的色彩を薄め,国家主義的市民教化事業に利用される懸念があるとして,セツルメントのあり方をめぐって激しい論争が行われた。いわゆるセツルメント論争とか隣保事業論争とかいわれるものである。この論争にみられた懸念は,日本が準戦時体制から戦時体制に移っていくなかで現実となり,国家主義的市民教化事業に抵抗してきた東京帝国大学セツルメントも,38年に当局の圧迫により閉鎖することになる。…

※「隣保事業論争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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