世界大百科事典(旧版)内の雁ヶ腹摺山の言及
【大月[市]】より
…戦後は人絹・合繊織物の産地となったが零細規模の業者が多く,近年は機業の不振から衰退し,東京への通勤者が年々増加する傾向にある。観光地として日本三奇橋の一つ猿橋(名),戦国時代の城跡でもある岩殿山,富士山の撮影地として名高い雁ヶ腹摺(がんがはらすり)山(1880m)などがある。【横田 忠夫】。…
※「雁ヶ腹摺山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…戦後は人絹・合繊織物の産地となったが零細規模の業者が多く,近年は機業の不振から衰退し,東京への通勤者が年々増加する傾向にある。観光地として日本三奇橋の一つ猿橋(名),戦国時代の城跡でもある岩殿山,富士山の撮影地として名高い雁ヶ腹摺(がんがはらすり)山(1880m)などがある。【横田 忠夫】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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