《離宮八幡宮文書》(読み)りきゅうはちまんぐうもんじょ

世界大百科事典(旧版)内の《離宮八幡宮文書》の言及

【大山崎油座】より

…大山崎の地(現,京都府乙訓郡大山崎町)を本拠地として,鎌倉から室町時代を中心に繁栄した大山崎油神人(あぶらじにん)の座。現在の離宮八幡宮に油座関係文書である《離宮八幡宮文書》が所蔵されている。それによると,1222年(貞応1)のものが初見であるが,《明月記》正治2年(1200)の条に藤原定家が山崎の油売の小屋に宿泊したことが見え,平安時代後期の作とされる《信貴山縁起絵巻》飛倉の巻は,校倉に米俵を多く蓄え,問丸の業務を務め,油搾りの締木とかまどを持ち,エゴマ油を製造販売する〈石清水八幡宮の大山崎住神人〉である〈山崎長者〉の姿を伝えている。…

※「《離宮八幡宮文書》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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