青方家高(読み)あおかたいえたか

世界大百科事典(旧版)内の青方家高の言及

【青方氏】より

…肥前国松浦郡青方(現,長崎県南松浦郡上五島町)を本拠とした中世の豪族。藤原姓。玄城房尋覚を始祖とする。尋覚ははじめ東大寺の僧であったが,母が肥前国宇野御厨内小値賀島(現,長崎県北松浦郡小値賀町)の本領主清原是包の妹であった所縁から平安時代末に肥前国五島に来住,是包より小値賀島と浦部島(現,長崎県南松浦郡中通島)を譲られ,この地に土着した。その後,建久7年(1196)7月12日前右大将家政所下文によって,小値賀島地頭職に補任され,鎌倉御家人となった。…

※「青方家高」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む