世界大百科事典(旧版)内の青蓮崗文化の言及
【青蓮崗遺跡】より
…土製小玉,土製管玉などの装飾品や土製紡錘車も出土している。青蓮崗文化は江蘇,浙江に広がり,江北類型と江南類型に分けられている。前者は青蓮崗―劉林―花庁村期に,後者は馬家浜―北陰陽営―崧沢―張陵山期の変遷をたどるが,前者は大汶口(だいぶんこう)文化と密接な関連をもつ。…
【浙江[省]】より
…これらの文化でみられる稲作,養蚕,家畜飼育などは,河姆渡文化でみられたものをより充実し複雑な姿にしたもので,長江下流域を中心にひとつのまとまった文化圏が形成されていることを示す。ほぼ同時期に,江蘇北部より山東にかけて展開する青蓮崗文化,大汶口文化とは,共通する面も多いが,性格を異にするところも多く,一定の交流はありながらも,畑作を基盤とする文化と,稲作を基盤とする文化の基本的相違がより明確になりつつあることをうかがわせる。
[百越文化]
中原で新石器文化より青銅器文化への移行がすすみ,夏・殷・周の統一王朝が成立した時期,その影響は南方にも及んだ。…
※「青蓮崗文化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」