《革命ロシア》(読み)かくめいろしあ

世界大百科事典(旧版)内の《革命ロシア》の言及

【エス・エル党】より

…その中でテロルの復権をめざすアルグノフAndrei Aleksandrovich Argunov(1866‐1939)らのエス・エル同盟と,農民工作も否定せず,組織の結集をめざしていた初期エス・エル党とが1901年12月国外でのゲルシューニ,セリュークMariya Frolovna Selyuk(1872‐?),アゼフらの協議により合同を決め,これに亡命者たちが加わり,党が生まれた。党の機関誌《革命ロシア》の編集部にはチェルノフとゴーツMikhail Rafalovich Gots(1866‐1906)が入った。ゲルシューニはテロルを実行するエス・エル党戦闘団の組織化を試み,02年4月のシピャーギン内相暗殺ののちこれを党に公認させた。…

※「《革命ロシア》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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