韓人社会党(読み)かんじんしゃかいとう

世界大百科事典(旧版)内の韓人社会党の言及

【李東輝】より

…のち満州,シベリアに亡命し独立運動の指導者となる。ウラジオストクで投獄されるが,ロシア革命で自由の身となり,その民族自決政策に関心をもち,しだいに共産主義思想に共鳴,労農ロシアとの連帯をとなえ,ハバロフスクで韓人社会党を組織(のち上海に移り,21年高麗共産党となる)。19年の三・一独立運動後,上海の大韓民国臨時政府に参加し,軍務総長,国務総理を歴任した。…

※「韓人社会党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」