世界大百科事典(旧版)内の飛驒守惟久の言及
【後三年合戦絵巻】より
…中巻は金沢柵の攻防を,下巻は金沢柵落城とその後の苛酷な処刑場面を描く。序文により,1347年(正平2∥貞和3)に比叡山で企画され,詞を僧玄慧(げんえ)(?‐1350)がつくり,絵は飛驒守惟久(これひさ)が描いたことが知られる。制作年代や画家の知られる基準作として重要である。…
※「飛驒守惟久」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...