世界大百科事典(旧版)内の香春岳城の言及
【豊前国】より
…しかし55年(弘治1)に中国地方に毛利元就が興って,57年には大内義長を攻め滅ぼした。これに呼応して豊前では反大友の気運が高まり,西部の賀具氏は同族1000余人を香春岳(かわらだけ)城に集めて大友氏に抵抗した。大友氏は田原紹忍(親賢)に命じて香春岳城を攻略し,さらに門司城を攻めたが,これは失敗した。…
※「香春岳城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…しかし55年(弘治1)に中国地方に毛利元就が興って,57年には大内義長を攻め滅ぼした。これに呼応して豊前では反大友の気運が高まり,西部の賀具氏は同族1000余人を香春岳(かわらだけ)城に集めて大友氏に抵抗した。大友氏は田原紹忍(親賢)に命じて香春岳城を攻略し,さらに門司城を攻めたが,これは失敗した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...