世界大百科事典(旧版)内の馬なし馬車の言及
【自動車】より
… 蒸気自動車の発達の舞台はその後フランスからイギリスへと移り,蒸気機関の技術開発が急速に進んだ19世紀に入るや本格的な実用化をみることになる。R.トレビシックは1801年のクリスマスに数名を乗せて蒸気自動車を走らせることに成功,これは実用にまでは至らなかったが,25年にはガーニーGoldsworthy Gurney(1793‐1875)やハンコックWalter Hancock(1799‐1852)の乗合蒸気バスが登場し,30年代に入るとチャーチWilliam Churchの50人乗り大型バスがロンドン~バーミンガム間約180kmを運行するなど,通称〈馬なし馬車〉と呼ばれた蒸気自動車はその黄金時代を迎えた。しかし,蒸気バスが交通機関にさらに進出するようになると,ボイラーの爆発事故,ばい煙や火の粉をまき散らすなどの安全・公害問題がクローズアップされるようになった。…
【バス】より
…道路交通法では,乗合自動車は,乗車定員11人以上の旅客運送用の普通自動車と規定しており,一般乗合バスと特定旅客バスに分けている。 蒸気動力の通称〈馬なし馬車〉と呼ばれた蒸気バスは1825年イギリスに登場し,ほぼ40年間にわたって馬車と競い合うが,65年の赤旗法によって姿を消していった。内燃機関を動力に用いたバスが出現したのは95年ドイツのネットフェンで,5馬力のガソリンエンジンを搭載した8人乗りのダイムラーベンツが使用された。…
※「馬なし馬車」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」