世界大百科事典(旧版)内の高平県の言及
【固原】より
…人口46万(1994)。銀川平野から清水河を経て渭河平野の西安への交通要地として古くから開け,漢代,すでに高平県がおかれた。その後,遊牧民族の支配をうけたこともあるが,明・清代には中原地方の防衛拠点として重要視された。…
※「高平県」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...