高野御幸(読み)こうやごこう

世界大百科事典(旧版)内の高野御幸の言及

【宗論】より

…そのとき大師は,経論を引用して自説を主張しただけでなく,手に密印(みついん)を結び,口に真言を唱え,心に観念を行ったところ,頭上に宝冠を頂く如来の姿となったばかりか,宮中が浄土さながらに輝き渡ったので,帝も礼拝をなし,諸宗の僧も息を呑んだという(〈拾イ〉)。こうして大師は今も高野山におられるのだから,天竺よりも高野こそしかるべきだと匡房が奏上したので,30日の準備の末,盛大な列を整えて日本初めての高野御幸(こうやごこう)が行われたのだった(〈拾イ〉)。【横道 万里雄】(2)狂言の曲名。…

※「高野御幸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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