《魯語文法規範》(読み)ろごぶんぽうきはん

世界大百科事典(旧版)内の《魯語文法規範》の言及

【ロシア語】より


[日本における研究と教育]
 幕末,10年余のロシアへの漂流と各地の滞在ののち,1792年(寛政4)に帰国を果たした大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)によってロシア語とその文物が詳細に紹介され,日本のロシア研究の端緒を開いた。長崎通詞出身の馬場佐十郎貞由は松前に虜囚としてとどまっていたV.M.ゴロブニン海軍少佐の協力を得て《魯語文法規範》6巻(1813)を著したが,これは本邦最初のロシア語の学問的研究と評価できる内容をもつ。日本における組織的なロシア語教育は,1873年(明治6)伝道師ニコライが東京に開いた正教神学校,およびその翌年政府の創設した東京外国語学校において開始された。…

※「《魯語文法規範》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む