世界大百科事典(旧版)内の麓坊中の言及
【阿蘇山】より
…しかし,天正年間(1573‐92)に大友・島津両氏の確執により山上古坊中は離散し,改めて1600年(慶長5)加藤清正によって山麓部に再興された。これを麓坊中と呼ぶ。37坊は祈禱僧の集団衆徒方と,阿蘇大峰修行を支配した行者方とに分かれ,その配下には山伏がおり,衆徒行者は坊舎に,山伏は庵にそれぞれ居住した。…
※「麓坊中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新