黒谷浄土宗(読み)くろだにじょうどしゅう

世界大百科事典(旧版)内の黒谷浄土宗の言及

【浄土宗】より

… 明治維新により徳川氏の外護を失ったが,この危機は養鸕徹定(うがいてつじよう),福田行誡らの指導により克服され,明治後半から近代教団としての体制が整備された。第2次大戦後,金戒光明(こんかいこうみよう)寺が黒谷浄土宗を立て,1947年知恩院が本派浄土宗(のち浄土宗本派と改称)を創立したが,61年浄土宗と浄土宗本派が合同し,77年には黒谷浄土宗も復帰した。中・近世を通して教団的に勢力を二分していたのは鎮西派と西山派とであるが,明治初年各宗の宗名が定められたとき,西山派が浄土宗西山派と号したのに対し,鎮西派では浄土宗を公称した。…

※「黒谷浄土宗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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