世界大百科事典(旧版)内の10中全会の言及
【中華人民共和国】より
…1962年1月)では,劉少奇が,国民経済破綻の原因を〈天災三分,人災七分〉として総括して公然と毛沢東を批判し,毛沢東も一定の自己批判を行った。 ところが,その年の9月,中共第8期中央委員会第10回全体会議(10中全会)で,毛沢東は,〈絶対に階級闘争を忘れてはならない〉と呼びかけて,反撃に転じ,ここに第2サイクルが始まる。毛沢東はこの会議で,社会主義の全歴史段階を通じて階級闘争が存在する,という考え方を提起したが,これがのちの文革の理論上の伏線となった。…
※「10中全会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」