Mavrocordat,N.(その他表記)MavrocordatN

世界大百科事典(旧版)内のMavrocordat,N.の言及

【モルドバ】より

…その後の条約によりカンテミールはロシアへ亡命し,ピョートル大帝に厚遇されたが,以後ロシアとの関係は深められていった。オスマン政府はモルドバの統治をいっそう強化するためギリシアのファナリオット出身のマブロコルダトNicolae Mavrocordat(在位1709‐10,11‐15)を公に任命し,1821年までファナリオットの時期がつづいた。この時期には現地貴族の間から公が選出されなかったばかりでなく,外交権の喪失,軍隊の縮小など,自治権に対する大幅な制限が加えられた。…

※「Mavrocordat,N.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む