Aḥmadb.Sa‘īdal-BūSa‘īd(その他表記)AhmadbSaidalBuSaid

世界大百科事典(旧版)内のAḥmadb.Sa‘īdal-BūSa‘īdの言及

【オマーン】より

…以来,イギリスはオマーンにおける独占的影響力を行使する。一方,1744年ペルシア勢力の駆逐に成功し,イマームに選ばれたアフマド・ブン・サイード・アルブー・サイードAḥmad b.Sa‘īd al‐Bū Sa‘īdは,今日まで続く世襲的首長制を導入したが(ブー・サイード朝とよばれる),1783年の彼の死後,支配権が二分され,マスカトを拠点とする世俗的な首長と内陸ニズワーNizwāを拠点とする宗教的なイマームによる二元統治が始まり,両者の抗争期に入る。この間,首長勢力はインド洋世界の通商を拡大し,東アフリカにまで領有地をつくった。…

※「Aḥmadb.Sa‘īdal-BūSa‘īd」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

1 イソオウギガニ科のカニ。浅海にすみ、甲は丸みのある四角形で、甲幅13センチくらい。全体に黄褐色。甲の縁と脚に太いとげが多数ある。本州中部以南に産し、食用。2 ズワイガニの別名。鳥取・島根地方でいう...

松葉蟹の用語解説を読む