Assur-uballitI(その他表記)AssuruballitI

世界大百科事典(旧版)内のAssur-uballitIの言及

【アッシリア】より

…この時期においても,前1670年ごろ以降,古都アッシュールではアッシリア人の王朝が存続し,その王名表が伝承されている。 長い雌伏期の後,前14世紀中ごろアッシュールウバリト1世Assur‐uballit I(在位,前1365‐前1330)が登場し,ヒッタイト王と結んで,前1350年以降ミタンニを攻撃して北部メソポタミアを回復,ふたたび富強な王国を建設した。王はスバルトゥと呼ばれていたアッシリアを初めて〈アッシュールの地〉と命名し,自ら大王と称し,エジプトと対等に交渉し,バビロニアの政治にも介入した。…

※「Assur-uballitI」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む