Barbaro,D.(その他表記)BarbaroD

世界大百科事典(旧版)内のBarbaro,D.の言及

【カメラ】より


【カメラの歴史】
 すでに述べたようにカメラ・オブスキュラはかなり古くからあり,その原理についてもイブン・アルハイサム(アルハーゼン),R.ベーコンらは知っていたといわれ,レオナルド・ダ・ビンチもカメラ・オブスキュラの正確な記述を残している。イタリアのG.B.dellaポルタは,1589年の《自然魔術》という著書の中でカメラ・オブスキュラを一般に広く紹介したが,すでにこれより以前にG.カルダーノやバルバロDaniel Barbaro(1528‐70)が両凸レンズを用いて明るい映像を得る方法を述べており,またバルバロは68年の著書の中で鮮明な映像を得る方法として絞りの採用も提案している。当時,カメラ・オブスキュラはもっぱら絵をかくときのトレース用として利用され,その小型化も図られたが,実用的なポータブル化に成功したのはドイツの僧ツァーンJohann Zahn(1641‐1707)であり,1685年の彼の著書を見ると,彼のカメラ・オブスキュラには光路に斜めに反転可能な鏡があって,水平なピントグラス上に映像を結ぶ一眼レフ方式になっていることに驚かされる。…

【パラディオ】より

…ビチェンツァの中心にある公共建築パラッツォ・デラ・ラジョーネ(通称〈バシリカ〉)の古典的意匠への改装(1549以後)で一躍名声を得,以後ビチェンツァを中心とするベネト地方の多くの貴族・文化人たちとの交流を通じ,すぐれた作品を残した。ベネチアの人文主義者バルバロDaniele Barbaro(1514‐70)との交友は有名で,共同してウィトルウィウス注釈書の作成にあたり(《バルバロ版ウィトルウィウス》1556,パラディオが図版の多くを担当),またルネサンス期のビラ中の傑作とされるビラ・バルバロ(トレビゾTreviso地方,1557以後)を残している。作品の大半(未完のものも多い)は《四書》に収録図示されて,のちのパラディオ主義の手本とされたが,なかでもビチェンツァ郊外のビラ・アルメリコ(通称〈ロトンダRotonda〉1567以後)は,正方形平面の中央にドームをのせた円形広間を配し,四面には同形のギリシア神殿風玄関を取り付けるという姿で,古典的形式美の極致として,近代に至るまで繰り返し模倣された。…

※「Barbaro,D.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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