世界大百科事典(旧版)内のBodjaniの言及
【ユーゴスラビア】より
…セルビアでは,オスマン帝国の支配下で,伝統はわずかにフルシュカ・ゴーラFruška Goraの修道院で守られるが,西欧の影響がみられるのは17世紀末になってからで,東方正教会の図像に従いつつもバロックを学び始める。ボジャニBodjaniの修道院にマケドニア出身のジェファロビッチHristifor Žefarović(?-1753)が1737年に描いたフレスコはその最初の成果であるが,その様式は独特であり,現代美術の特徴の一つであるナイーブ派(素朴派)を思わせる。彼は肖像画も制作したらしいが,セルビアの画家にとって,教会堂の装飾とりわけイコノスタシスを描くことは,20世紀初頭に至るまで主要な仕事であった。…
※「Bodjani」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」