世界大百科事典(旧版)内のCustis,M.の言及
【ワシントン】より
…1754年民兵の中佐として植民地戦争に従軍,数々の武功のゆえにバージニア民兵軍の司令官となり,のちの独立戦争における総司令官としての基礎を築いた。59年には裕福な未亡人マーサ・カスティスMartha Custis(1732‐1802)と結婚し,莫大な財産を加え,アメリカ有数の資産家となる。植民地議会代議員になり,名望家として政界にも登場するが,とくに指導的な地位にあったわけではない。…
※「Custis,M.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」