FerdinandoIV(その他表記)FerdinandoIV

世界大百科事典(旧版)内のFerdinandoIVの言及

【ナポリ王国】より

… スペイン継承戦争が始まるとナポリ王国はオーストリアの支配下に入ったが(1707),ポーランド継承戦争の結果,スペイン王フェリペ5世(ブルボン家)の子カルロ7世がナポリおよびシチリア王に即位(1734),トスカナの法律家タヌッチBernardo Tanucci(1689‐1782)を宰相に起用して啓蒙主義的な政策を行った。カルロ7世がスペイン王(カルロス3世)に即位(1759)した後を継いだフェルディナンド4世Ferdinando IVの時代には,同じくタヌッチの指導下でP.ジャンノーネの政治思想やA.ジェノベーゼの経済思想の影響を受けた政策が実行された。それは反貴族・反教権的な指向をもち,1768年にはイエズス会士の追放が行われた。…

※「FerdinandoIV」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む