FriedrichI(その他表記)FriedrichI

世界大百科事典(旧版)内のFriedrichIの言及

【ザクセン】より

…これ以後,ウェッティン家は首尾一貫して周辺への領地拡大につとめ,ハインリヒ3世貴顕侯Heinrich III der Erlauchte(在位1221‐88)の長い統治下で,1243年にはシュタウフェン朝王権の開発したプライセンラントPleissenlandを(領土の確定は1255),47年には二つの帝国諸侯領すなわちチューリンゲン邦伯領Landgrafschaftとザクセン宮廷伯領Pfalzgrafschaftとを獲得し(確定は1264),ドイツ諸侯中で最大の領土支配者になった。さらに,1423年フリードリヒ1世好戦侯Friedrich I der Streitbare(在位1381‐1428)は,上述ハインリヒ獅子公の失脚いらい2世紀半にわたってアスカニア家の手中にあったザクセン大公の地位を,選帝侯位ならびに帝国式部長官位とともにみずからの掌中にした。そして,これ以降,ウェッティン家の領有するその他の諸邦も,ザクセン選帝侯領Kurfürstentum Sachsenの名を冠してよばれることになったのである。…

※「FriedrichI」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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