FriedrichII(その他表記)FriedrichII

世界大百科事典(旧版)内のFriedrichIIの言及

【ブランデンブルク】より

…フリードリヒは領内の秩序再建につとめ,都市と結んで貴族の勢力をおさえ,また近隣諸侯の攻撃をもしりぞけて威信を高めた。その子フリードリヒ2世Friedrich II der Eiserne(在位1437‐70)は,貴族を優遇して都市を圧迫する政策に転じ,わけても有力なハンザ都市ベルリン(当時はシュプレー川対岸のケルンとの複合都市)と激しく闘って,1442年,その政治的独立と諸特権を奪った。また,ノイマルクやラウジッツの一部を買い戻すなど,領土の拡大にも意を用いた。…

※「FriedrichII」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む