Gutzkow,K.(その他表記)GutzkowK

世界大百科事典(旧版)内のGutzkow,K.の言及

【グツコー】より

…ドイツのジャーナリスト,劇作家。ベルリン生れ。フランス革命の衝撃は大きく,大学生グツコーは,〈ぼくには学問は終わり,歴史がはじまる〉と感じる。彼は〈生れながらのジャーナリスト〉として,ウィーンバルクと並ぶ青年ドイツ派の代表格となり,《フェニックス》紙その他で休みなく評論を書き続ける。彼が編集者として,劇作家G.ビュヒナーの才能を発掘したことは有名である。この頃,彼は傾向小説《疑う女ワリー》(1835)で宗教的タブーに挑戦し(後年,そのために4ヵ月間投獄される),他方では,ウィーンバルクとともに注目すべき文芸誌《ドイッチェ・レビュー》を企画するが,ドイツ連邦議会による青年ドイツ派の全面的禁止令(1835年12月)により,彼らの運動は壊滅する。…

※「Gutzkow,K.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む