《Harpar'sBazaar》(その他表記)HarparsBazaar

世界大百科事典(旧版)内の《Harpar'sBazaar》の言及

【雑誌】より

…服装パターンや実用記事を盛った家庭雑誌が出版企業をなりたたせるようになったのは,《マイラズ・ジャーナル・オブ・ドレス・アンド・ファッションMyra’s Journal of Dress and Fashion(マイラの服飾ジャーナル)》(1875)と《ウェルドンズ・レディズ・ジャーナルWeldon’s Ladies’ Journal(ウェルドン婦人)》(1875)がはげしい競争を演じるなかにおいてであった。アメリカではファッション画を重視した《ゴーデーズGodey’s Lady Book》(1830)のあとを受けて,《ハーパーズ・バザーHarper’s Bazar》(1867年創刊,のち1929年にHarpar’s Bazaarとつづりを変更)が服装記事に重点を置いて成功した。83年に創刊した《レディズ・ホーム・ジャーナルLadies’ Home Journal》は経営者カーティスCyrus Curtisのもとでまもなく40万部の発行部数を実現して企業としての大衆出版の記録をつくった。…

※「《Harpar'sBazaar》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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