Istiqlāl(その他表記)Istiqlal

世界大百科事典(旧版)内のIstiqlālの言及

【モロッコ】より

…30年代に入って武力抵抗が鎮圧されるとともに民族運動が盛んになった。中心になったのはフェスの商人とカサブランカやラバトの労働者であり,当初は植民地支配下でのモロッコ人の政治地位向上を求める運動であったが,やがて独立を目標とするようになり,44年にイスティクラールIstiqlāl(独立)党が結成された。第2次大戦後も植民地体制を維持しようとする植民地当局は,民族運動に弾圧を加え,53年にスルタン,ムハンマド5世を廃位して流刑地に送ったが,そのなかでかえって民族運動が盛り上がったので,ムハンマド5世の復位(1955)とモロッコの独立を認めざるをえなくなった。…

※「Istiqlāl」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む