世界大百科事典(旧版)内のJákの言及
【ハンガリー】より
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[10世紀~16世紀]
最後の移動民族として定住したマジャール人は10世紀末にキリスト教化され,イシュトバーン世時代に大規模な教会堂の建造と,それに付随する彫刻,絵画,工芸品の制作が始まったが,西欧諸国との関係にもかかわらず,当初よりイタリアとの強固なつながりがみられる。11世紀初めのペーチの司教座教会(大聖堂)や13世紀初めのヤークJákの教会堂はとくにロンバルディアの建築にならい,絵画ではフェルデブレーFeldebrőの教会堂に断片として残る12世紀のフレスコがその例である。12世紀末,ベーラ3世はフランスのカペー朝より妃を迎え,エステルゴムの王宮に,フランスの初期ゴシック様式を導入した。…
※「Ják」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」