JangBahādūrRāṇā(その他表記)JangBahadurRana

世界大百科事典(旧版)内のJangBahādūrRāṇāの言及

【ネパール】より

…これに敗れたネパールは領土割譲,イギリス駐在官の受入れを余儀なくされたが,善戦したために植民地として併合されることなく独立を保った。内政面では内紛も多かったが,46年,政敵を大量虐殺したジャン・バハドゥール・ラナJang Bahādūr Rāṇāが王を有名無実なものとして実権を握り,以降約100年間のラナ時代の基礎を築いた。この体制下ではラナ一族がビルタbirtāという形の非課税地を大量に所有し,また文武の高官を独占した。…

※「JangBahādūrRāṇā」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む