JohannesXXI(その他表記)JohannesXXI

世界大百科事典(旧版)内のJohannesXXIの言及

【ペトルス・ヒスパヌス】より

…パリ大学で学び,1230年ころ《論理学綱要》を書いた。他方,キリスト教聖職者としての道を登りつめ,76年教皇となり,ヨハネス21世Johannes XXIを名のったが,在位8ヵ月にして,書斎の天井が崩壊しその下敷きとなって死去した。彼の《論理学綱要》はアリストテレスの論理学書を上回る,きわめて優れた書物であり,17世紀までヨーロッパの大学で教科書として使用された。…

※「JohannesXXI」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む