Khāqānī(その他表記)Khaqani

世界大百科事典(旧版)内のKhāqānīの言及

【ペルシア文学】より

… 10世紀以来ペルシア詩人の活躍地域は保護者たる王朝の版図の関係上,中央アジアからイラン東部に限られていたが,11世紀後半からセルジューク朝の勢力拡大に伴い,ペルシア詩人の活動地域もしだいにイラン全域に広がり,とくにカスピ海西方地域アゼルバイジャン地方では,12世紀後半にホラーサーン派詩人と覇を競う優れた詩人たちが輩出し,アゼルバイジャン派詩人と呼ばれ,〈古典ホラーサーン・スタイル〉を脱して新しい〈イラク・スタイル〉を生み,ペルシア詩の発展に多大の貢献をした。同派の代表的な詩人は頌詩詩人ハーカーニーKhāqānīと,ロマンス叙事詩人ニザーミーで,とくに後者はロマンス叙事詩を完成させた最高詩人で,代表作として《ハムセ(五部作)》と呼ばれる長編ロマンス詩を作詩した。 12世紀半ばから頌詩,叙事詩とともにペルシア詩の主流を占めるようになったのは神秘主義詩(スーフィー詩)である。…

※「Khāqānī」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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