世界大百科事典(旧版)内のLepenskiVirの言及
【ユーゴスラビア】より
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[先史時代~古代]
新石器時代にこの地は,ヨーロッパでも先進的な地域であった。現在のベオグラード東方,ドナウ川沿川にある前6千年紀後半のスタルチェボStarčevoや,それに続くビンチャVinčaの初期農耕文化は標準遺跡となっており,またそれらに先行するレペンスキ・ビルLepenski Virからは人面を描いた石の彫刻を含む祭祀跡が出土し,狩猟採集時代の人々の精神生活がうかがえる例として貴重である。コソボのプリシュティナ近郊プレディオニツァPredionicaからは,前2千年紀後半の,眼と鼻を強調した小さな塑像が出ており,イリュリア人の時代では,スロベニア中部リュブリャナの東のバチェVačeから,打ち出しで日常生活や動物を描いた前500年前後の青銅の容器が出土している。…
※「LepenskiVir」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」