世界大百科事典(旧版)内のMédicis,M.deの言及
【リシュリュー】より
…生家が保有していた聖職禄の権利を維持するため1607年リュソンの司教になった。14年に全国三部会に聖職身分の代表として出席,国王ルイ13世の母后摂政マリー・ド・メディシスMarie de Médicisに認められて政界に進出した。17年に国王が親政を開始し母后との間に争いが生じると,両者の和解をとりもって政治的影響力を強めた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」