Naṣral-Dawla(その他表記)NasralDawla

世界大百科事典(旧版)内のNaṣral-Dawlaの言及

【マルワーン朝】より

…遊牧クルドの族長バーズBādhは,ブワイフ朝の衰退に乗じて,アーミド,ヌサイビン,マイヤーファーリキーン(現,シルワーン)を占領し,王朝を開き,さらに軍を進めてバグダードをも脅かした。11世紀初めより約50年にわたって支配した4代目のナスル・アッダウラNaṣr al‐Dawlaは,ビザンティン帝国やエジプトのファーティマ朝との関係を維持する一方,ハムダーン朝と戦い,マラーズギルド,アフラート,ヒスン・カイファ(現,ハサンケイフ)にも勢力を拡大した。これらの防衛・交通上の要地にあたる都市は,治安が保たれ,公共施設が整備され,学者・文人が集まり繁栄した。…

※「Naṣral-Dawla」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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