Navya-nyāya(その他表記)Navyanyaya

世界大百科事典(旧版)内のNavya-nyāyaの言及

【ニヤーヤ学派】より

… ウダヤナ以降,定義の厳密性,術語体系の完全性への志向はますます激しいものになり,ミティラーを本拠として《タットバ・チンターマニ》を著したガンゲーシャ(12~13世紀)にいたって,その傾向は確固としたものになった。これ以降この学派は,ナビヤ・ニヤーヤNavya‐nyāya(新ニヤーヤ)学派と呼ばれるようになる。その後分裂が生じ,有力な一派がベンガル地方のナバドビーパに移動し,ラグナータ・シローマニなどの巨匠を輩出した。…

※「Navya-nyāya」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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