《OkadairaShellMoundatHitachi》(その他表記)OkadairaShellMoundatHitachi

世界大百科事典(旧版)内の《OkadairaShellMoundatHitachi》の言及

【陸平貝塚】より

…E.S.モースの弟子で大森貝塚の調査にも参加した佐々木忠次郎,飯島魁が,1879年に,霞ヶ浦に淡水貝類の調査に赴いた折にこの貝塚を発見し,発掘したもので,日本人の手になる発掘の第1号として有名である。この成果は大森貝塚の報告体裁を見本とし,《Okadaira Shell Mound at Hitachi》(1882)として刊行された。出土土器は厚手つくりで大型,隆線文等の特徴から陸平式・厚手式(縄文中期)と呼ばれて,大森貝塚の大森式・薄手式(縄文後期)といち早く区別され,当初は陸平式を新しく見たが,その後は是正された。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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