世界大百科事典(旧版)内のQuintana,M.J.の言及
【スペイン】より
…19世紀初頭には貴族を圧倒するほどに成長したブルジョアジーは,18世紀後半に大学の門がこの新興階級に開かれて以来,それまで教育・文化の分野で力を握っていた聖職者の地位さえも脅かすほどになっていた。18世紀末には,詩人であり政治家でもあったG.M.deホベリャノスやキンタナManuel José Quintana(1772‐1857)らが中心となり,19世紀スペインの主要なイデオロギーとなる自由主義思想を導入した。スペインにおいて新たな思想やイデオロギーは,つねに沿岸都市,とりわけバルセロナやカディスの港町を経由して流入するが,フランス革命思想や自由主義思想もこの例にもれず,その結果,ブルジョアジーにとって,かつての啓蒙主義はもはや革新的というよりも,せいぜい穏健的な意味あいにしかならなかった。…
※「Quintana,M.J.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」