世界大百科事典(旧版)内のSaltusTeutoburgiensisの言及
【トイトブルクの戦】より
…後9年,エムス,ウェーザー両川間の〈トイトブルクの森Saltus Teutoburgiensis〉(正確な位置は不明)で,ケルスキ族の有力者アルミニウス指導下のゲルマン諸族が,冬営地へ移動中のローマの3軍団(指揮官ウァルスPublius Quinctilius Varus)を奇襲,全滅させた戦闘。ドルススの遠征(前12‐前9)以来,アウグストゥスが進めてきたライン川以東エルベ川に至る西ゲルマニア併合策はここに挫折,アルミニウスは〈ゲルマニアの解放者〉と称された。…
※「SaltusTeutoburgiensis」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」