Sand,K.L.(その他表記)SandKL

世界大百科事典(旧版)内のSand,K.L.の言及

【コツェブー】より

…1808‐13年には逃亡先ロシアで反ナポレオンの論陣を張った。17年に帰国の後,ツァーリの私的通信員としてドイツ情勢をロシア政府に報告するかたわら,雑誌《文学週報》でブルシェンシャフトの自由主義と愛国思想を揶揄(やゆ)し,彼をロシアのスパイでブルシェンシャフトの敵と思いこんだ狂信的学生ザントKarl Ludwig Sand(1795‐1820)により暗殺された。《ドイツ小都会人》(1803)など200編をこえる戯曲のほか,小説や旅行記を残す。…

※「Sand,K.L.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む