Shāh‘Abdal-‘Azīz(その他表記)ShahAbdalAziz

世界大百科事典(旧版)内のShāh‘Abdal-‘Azīzの言及

【パン・イスラム主義】より

…〈イスラム世界〉の統一を目ざす思想,運動。すでに早くシャー・ワリー・ウッラーの子のアブドゥル・アジーズShāh ‘Abd al‐‘Azīz(1746‐1824)が,1803年イギリス支配下のインドはダール・アルハルブ(戦いの家)であると宣言するファトワー(意見書)を発して,オスマン帝国カリフへの帰属感を表明したように,それは近代のムスリム世界の状況の中でしばしばカリフ制やダール・アルイスラーム(イスラムの家)の概念に即して求められた。しかし,パン・イスラム主義という言葉自体は,1870年代後半のヨーロッパで造語され,急激に広まったものである。…

※「Shāh‘Abdal-‘Azīz」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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