SiSavangVong(その他表記)SiSavangVong

世界大百科事典(旧版)内のSiSavangVongの言及

【ラオス】より

…教育面では愚民政策が採られ,人材養成が欠落し,植民地経営に奉仕する経済体制がつくられた。 1945年4月に日本軍の後押しでルアンプラバン王シー・サワン・ウォンSi Savang Vongがラオスの独立を発表したが,日本の敗戦後すぐにフランスは降下部隊を使ってこの反仏の芽をつんだ。これに対して,日本の敗戦直後に結成されたラオ・イッサラ(〈自由ラオス〉の意)は,45年10月ビエンチャンにラオス臨時政府を樹立した。…

※「SiSavangVong」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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