TārīKhāna(その他表記)TariKhana

世界大百科事典(旧版)内のTārīKhānaの言及

【ダムガーン】より

…市南方1kmの地には大遺跡テペ・ヒッサールTepe Hissarがあり,20世紀前半にヘルツフェルト,シュミットE.F.Schmidtにより,前3500‐前1600年ころの集落址やササン朝時代の宮殿址,拝火神殿址が発掘された。【田辺 勝美】 市街には,現存するイラン最古のモスクで,プランは多柱式アラブ・タイプではあるが,構造にはササン朝時代の伝統が強く認められるターリー・ハーナTārī Khāna(8~9世紀ころ)が残る。付設のミナレットはセルジューク朝(1058)の建造。…

※「TārīKhāna」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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