《Tārīkh-i-Firishta》(その他表記)TarikhiFirishta

世界大百科事典(旧版)内の《Tārīkh-i-Firishta》の言及

【フィリシュタ】より

…デカン地方のムスリム五王国の一つビジャープル王国の宮廷の保護を受けた。その君主イブラーヒーム・アーディル・シャー2世Ibrāhīm Ādil Shāh II(在位1580‐1626)のもとで,《フィリシュタの歴史Tārīkh‐i‐Firishta》として知られているインド中世のムスリム諸王国史を執筆。これは,ムガル帝国の宮廷史家の史書とは違った視点から書かれたため,記述も必ずしも北インドが中心ではない部分もある。…

※「《Tārīkh-i-Firishta》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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