世界大百科事典(旧版)内のtendencyfilmの言及
【プロレタリア映画】より
…以下,ここでは日本映画史に独自の重要な地位を占める〈傾向映画〉について述べることとする。
[傾向映画]
〈傾向映画〉とは,資本主義的な企業のなかでつくられながら,社会主義的あるいは左翼的イデオロギーに〈傾向〉した昭和初期(1920年代末から30年代初頭)の日本映画の流れで,left‐wing tendency filmあるいは単にtendency filmとの英訳もされるが,呼称の語源は1920年代後半の一群のドイツ映画(ナチスが政権をとって民主的な企画が弾圧されるまでつづいた),すなわちG.W.パプスト監督《喜びなき街》(1925),ゲアハルト・ランプレヒト監督《第五階級》(1925)等々に冠せられたTendenzfilmの直訳といわれる。 〈傾向映画〉は,アメリカ映画一辺倒だった日本映画が,初めてヨーロッパ映画,とくにソビエト映画の〈モンタージュ〉の手法の影響を受けてつくられたもの(筈見恒夫《映画五十年史》)であると同時に,築地小劇場による新劇運動,マルクスの《資本論》の翻訳,プロレタリア芸術運動の組織化(1928年には〈全日本無産者芸術連盟(ナップ)〉が結成)など,知識的小市民層の〈左傾〉が社会的現象になってきた時代の産物でもあった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」