世界大百科事典(旧版)内の世界苦の言及
【世紀末】より
…電信や電話の実用化や汽車,汽船,自動車の改良のほか,おびただしい発明・発見があいつぎ,飛躍的に成長した産業力を背景に,各国が大々的な首都改造に取り組むとともに,都市は急速に膨張し,社会はめざましい変化にさらされていた。このような状況の中で,一方には依然として人間社会の進歩・発展を信じる根強いオプティミズムが支配的であったが,しかし同時に他方では,19世紀の精神界に底流としてあったいくつかの傾き,たとえば,バイロンやハイネ,ミュッセ,レオパルディなどのロマン主義における〈世界苦〉の思想と文明へのペシミスティックな懐疑,あるいはポーやボードレールに典型をみた俗流市民モラルへの嫌悪・反発とみずからをそれから区別するダンディズム,さらにはニーチェがワーグナーの音楽の中にみた官能的陶酔への意志といったものが,急速に人々をとらえていった。 より具体的には,文学におけるユイスマンスの《さかしま》(1884)やO.ワイルドの《ドリアン・グレーの肖像》(1891)などの主人公がモデルといえる。…
※「世界苦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」